川を上る鮭

オリンピック開会式で赤い鮭が川を上る姿をイメージした
ディスプレイが印象的でした

その後でカナダの先住民族のことをネットでちょっと調べていたら、
こんな記事を見かけました

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彼らの祖先は動物の外套とマスクをつけて天国から降りてきたと信じていた。

太平洋沿岸インディアンはみな、鮭は人間の形をしていて、
海の底に住んでいる超自然的な存在だと信じていた。

鮭が産卵のために川を上り始めると、海の底に住んでいる「鮭の人々」は
魚になって人間のために自らを犠牲にした。

こう信じるにより、祝辞を述べたり、高い地位の長を招く、
その年の最初の鮭をたたえた歓迎の儀式も含めた、
多くの儀式を生み出す結果となったのである。

鮭を崇拝することは鮭の骨までも崇拝することとなり、
それぞれの骨は海に帰ると考えられ、
その結果「鮭の人々」は完全によみがえるのであった。

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オリンピックの開会式にあの鮭のシーンが使われた背景にも
こういった歴史が反映されていたからなのかな。。
と思いました

(真実はわかりませんが。。。 )

メディスン・ホイール続き。。。

「メディスン・ホイール」の中で書かれている、

前述の4匹の動物が、それぞれの方角が

割り当てられることになったくだりが面白かったので、

概略をご紹介します


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どの動物も自分が一番で、動物界の長には自分こそふさわしいと

もめごとが起きました。

もめごとは動物会議にまで持ち込まれましたが、

意見が分かれ、なかなか決まらないところに、

西のスピリット・キーパー(精霊)が現れ、

ベアーは強くて言葉を口にする前によく考えるから西を。。

バッファローは再生と浄化の力があるから北を。。

イーグルは覚醒と知恵、悟りを促すから東を。。

コヨーテは生きるものの心に成長と信頼を育てるから南を。。

と、4匹の動物をそれぞれ4つの方角に割り振り、

それぞれが4つの方角を受け持つことで、

一番良い方法で皆の役に立ち、

4匹ともが世界の調和に貢献できるようにしました。

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オリンピックの開会式によって、

読んでいてもいまひとつ理解不能だった「メディスン・ホイール」が

思いがけず、今はとてもしっくり入ってくるようになりました

ひとつわかると理解が広がるというか。。

面白いものです

やっぱり私、先住民族の歴史には惹かれるものがありまして、

次のブログにもこの話題続ける予定です。。。

オリンピック開会式

オリンピックが始まりましたね

上村愛子選手の競技とその後のコメントにも感動しましたが、
開会式のことをちょっと記録しておこうかと。。

開会式は途中から、気楽に見ていました

そうしたら、「・・・、コヨーテ、イーグル、ベアー」が次々に映し出され、
それぞれ4つの方角に配置されていることがアナウンスされたのですが、
一つの動物はもう紹介された後で、その後も早く通り過ぎていってしまって方角は記憶に残らず、
その後、巨大なベアーが登場して、ベアーの意味を言っていた気がするのですが、
これもスゴイと関心したものの、
ボーッと聞いていたせいか、残念ながら覚えていません

でも、4つの動物のうちのあとひとつが気になって。。

この本を見ればわかる気がして、調べてみました



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私は、かなり昔にこの「メディスン・ホイール」という本を購入したのですが、
なぜこれを購入したかは全然覚えていなくて、
全てを読破してもいないのですが。。。、

一昨年と昨年末に、自分のパワーアニマルに出会うというワークをした際、
自分のパワーアニマルが「ベアー」と「イーグル」だと知り、
そういえばこの本を持っていたなぁと思い出して、
最近、本棚の奥から引っ張りだして、パラパラと読み直していました。

その時、いくつかの動物と方角と関連していることを知って、
その中に「ベアー」が入っていた気がしたので見直してみたら。。。

ありました

もうひとつの動物は「バッファロー」でした。(たぶん開会式もそうだったかと。。。)

「メディスン・ホイール」によると。。。

バッファローは北の精霊を
イーグルは東の精霊を
コヨーテは南の精霊を
ベアーは西の精霊を
それぞれが助けるようになったそうです。

(NHKではベアーは東を守ると言っていた気もしますが。。。
 うろ覚えで定かではないです

そして、最後に登場した巨大なベアーはホワイトベアーを現しているようで、
スピリットベアーとも言われ、「平和と調和」を象徴しているそう。。

カナダの先住民族の歴史と兼ね合わせて、開会式を見たならば、
きっと深いメッセージが沢山こめられているものなのだろうなぁと思います

最近「ベアー」の存在を感じていた私にとっては、
一番気になったところが、やはりタイムリーなメッセージだったように思います
(ということで、尾骨を労わり今しばらく「内省」を楽しみます。。。)

何をどう感じようと自由ですものね

人生とは手放して手放して手放して・・・いくもの

前回に続き・・・なのですが、たぶん今の私のテーマだからでしょうね。。。

パシフィックエッセンスのワークを続けていく中で、

ようやく「手放すこと」は永遠に続く人生のテーマで

終わりはないと気づきました


そういえば今年の初めにクリスのメッセージでもそう言われていました

http://ermitage-cafe.at.webry.info/201001/article_2.html

クリスは真理を言っていたんですね


私は少し前まで、「身につけること」が大切だと思っていました。

2年前にマリアのクラスに参加してからかな。。、「手放すこと」の大切さを知り、

ようやくその意味が理解できた気がします。。

私の理解力がないからか、奥が深いものだからか・・・。

でも私はこういう時間をかけての学びが楽しみでもあります


「手放すこと」は誰にとっても人生のテーマ

だから、「赤」のテーマな訳ですね(これもようやく納得

やはり、尾骨からのメッセージかな。。。

手放すことはあるがまま。。ということ

このテーマ、以前も書きました

http://ermitage-cafe.at.webry.info/200904/article_2.html

その時は、なるほどそういうことだったのか

といった気づきのレベルでした


今回、自分の身体に向き合っている中で、ようやく「ガットフィーリング」に

たどり着きました


改めて、身体には沢山の情報が蓄積されているんだなぁ。。と感じ、

要はそれに耳を傾けられるかどうかなのだなぁ。。と実感しました


全ての答えは自分の中にある。。。


これは思っていた以上に深~い言葉であり、

でもとてもシンプルなものなのでした

パシフィックエッセンス

尾骨痛は少~しずつ和らいではいますが、相変わらず痛みは残っています。

セルフケアも続けているのですが・・・


打撲直後は、レスキューレメディをとってみたところ、ちょっと良い感じでしたが、

2日ほど経つと、あまりピンとくる感じではなく、とるのをやめました。

やっぱりレスキューだからでしょうか。。

そういえば今回、ホメオパシーのアーニカも同じような印象でした


たまたま先週末、パシフィックエッセンスの処方の依頼を受け作成したのですが、

自分にも今、必要なものを選んでみよう

という気になって、選んでとってみました。

すると、翌日には痛みが少し和らいだ感じがしたので、

また、その日も必要なエッセンスを選んで。。。

というように、日々選んでとっています


たまねぎの皮むき。。と言われますが、

最初に選んだエッセンスは作用的にたまねぎの外をとりまく部分に働くような印象で、

2回目から痛みとかショックといったものに対するものが入ってきて。

徐々に肉低的、精神的、霊的にも核心に触れていくものが選ばれるような印象です

エッセンスを通して自分に近づいていく感じがとっても面白いなぁと思っています。

昨日選んだエッセンスはとりにくい印象で、なかなか飲みきるのに時間がかかり、

肉体的にもちょっとしんどかった気がしますが、

今日はちょっと山を越えたような・・・、身にまとっていたコートをひとつ脱いだように、

少~し軽く、楽になった気がします


まだもう少し時間がかかりそうですが、

今しばらく自分とじっくり付き合いつつ、パシフィックエッセンスの理解も深められたら。。と思います





有難いとは。。。

昔、上司に

「有難いとはどう書く?」

「困難が有ると書いて、有難いと書くんだ。」

と言われたことがあります。


その時の私は仕事も質、量とも自分のキャパを越え、行き詰っていました。


ある朝、会うはずのない時間にばったりとバスの中で上司と会ってしまい、

面と向かわざるをえない状況で。。。

一緒にいればいつも叱咤激励ばかりの上司でしたが、

その時ばかりはなぜか諭すようなちょっとやさしめなトーンで、そう言われました。


でもその時の私は、もういい加減無理、限界だ。。。という心境だったので、

上司の言葉も上司にとって都合の良い例として出しているとしかとれなかったのですが、

今日ふとそう言われた事を思い出しました。


そして確かに、”困難が有るから有難いを知るのだなぁ。上司の言うとおりだな。。。”

としみじみ思いました。

そして、今になって思えば、あの言葉は自分に対しても言っていた言葉だったのかもしれないと。。


あれから10年余り。。。

今、ようやく気づけました